雑記

ちょっと待て!ストリートピアノ動画

 

コンテンツを発信する責任

現在の国内の状況

2020年12月末現在、コロナウイルスの感染拡大第3波が猛威をふるい、多くの人々がフィジカル的、社会的な恐怖に直面している。

なかでもフィジカル面でのリスクに直接向き合われている医療関係者の皆様には特に優先して心からの感謝と敬意を表したい。

巷ではGoToキャンペーンの中止や入国規制、移動自粛などの当然たる決定が後手後手になりながらも下され、より一段高い世の防疫に対する緊張感を肌身で感じる。

YouTubeでのストリートピアノの状況

このような状況において自宅で休日を過ごしていたある日、YouTubeのレコメンドに表示される動画を見て愕然とした。

此のコロナ禍に及んでストリートピアノを弾いて群衆に囲まれて盛り上がる様を堂々とUPする人々が未だに居るのだ。それも決して少人数ではない。

基本的にどの奏者もマスク&消毒をして現場での使用ルールを守ってピアノに触れている。しかし問題はそこではない。YouTubeなどで不特定多数に対するエンタメコンテンツとして動画を発信する場合には、現場の使用ルールを守ることとは別の責任が生じると私は思う。

今日においてはリアルタイムに近い状態で公開された動画の多くが社会の現実として視聴者に認識されることは想像に難くない。

そしていまや、ストリートピアノというカテゴリは現場でのライブ体験以上に、ネットで発信された動画コンテンツとして扱われる機会のほうが圧倒的に多い。

たとえば私が駅ピアノなどを弾いた動画の演奏時間を合計すると約2時間弱だ。しかしこの2時間がYouTubeで再生された総時間はおおよそ1,000,000時間(100万時間)に達する。そういう時代なのだ。

動画公開には社会に対する配慮を

そう、こんな時代、現在の情勢下で未だ連日お祭りのようなノリでストリートピアノの盛り上がり演出を入れ込んだ動画がUPされる事実に、大きな違和感を覚えるのである。

動画を投稿する側の立場であれば、一部のリテラシーの低い視聴者が動画に誘発されてGoToストリートピアノしてしまうなどの浅はかな行動や思考に至る起点となりうるリスクを見込むことも容易であろう。

改めて言うが、この時期に公開する動画に映るシチュエーションは少なからず社会全体の意識に影響を及ぼすということについて、いま一度冷静に考察されたい。

現在、多くの医療機関の処理能力が逼迫を超えてパンクしていることは周知の事実であろう。

言い方は悪いが、一部の音楽愛好家による配慮に欠けた情報発信は、感染症の危機に真剣に向き合う方々に対する侮辱行為に見えてならない。

これは目に見えない精神論ではなく、物質主義に基づいた事実である。

未来を大切にしよう

と、ここまで散々なことを書き連ねたが、私はストリートピアノ文化を粛清したいなどとは微塵にも思っていない。

答えの無いものに対する強すぎる主張は、例外を受け入れることへの妨げになってしまうので我ながらに注意しながら意見したつもりである。

私の思いは、これからもストリートピアノの文化が持続可能な形で続くために、今どのような判断を各個人が織り込むべきかを、よく考えていただきたいという一心に尽きる。

以上、個人的な価値観によって不快な文脈で苦言を呈する形になってしまったことは私自身、深くお詫びを申し上げます。

本記事は、毎月6桁のアクセス数をもつサイトを管理しながらも、これまで具体的な注意喚起を発信できなかった自身に戒めとして言い聞かせている部分でもあることをどうかご理解いただきたく。

この混乱の一刻も早い収束を願っての意思表示です。不束ではございますが引き続きどうぞよろしくお願いいたします。  

2020.12.28 サイト管理人 大木 

 

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